イタリアの彫刻家。アルトゥーロ・マルティーニ、マリノ・マリーニと並んで「イタリア現代彫刻の3M」と称される。
1908年ベルガモに靴職人の子として生まれる。貧しい家庭を支えるために、幼少から漆喰職人や木彫り職人の下で働いた。ヴェローナで兵役に就いた後、1929年パリに赴いたが、飢えのため行き倒れになって数週間で帰国した。
1934年サン・ピエトロ寺院の枢機卿を従える教皇の像に感動して以後「枢機卿」をモチーフとして多くの作品を残した。
1936年再びパリに赴き、古典彫刻を思わせた初期の作風から表現主義を加えた作風へと変化を見せた。
1950年から14年かけて制作した代表作「死の扉」(サン・ピエトロ寺院)により世界的な彫刻家として知られるようになった。
ジャコモ・マンズー |
[ジャコモ・マンズー 人物情報]
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