ドイツの指揮者。20世紀後半を代表する指揮者で「帝王」と称された。1908年医師であり貴族の子としてザルツブルクに生まれる。ザルツブルク・モーツァルテウムとウィーン音楽アカデミー指揮科で学ぶ。1929年ウルム市立歌劇場のオペラ指揮者としてデビュー。1938年ベルリン国立歌劇場でのヴァーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の指揮の成功で名声を得、翌年にはベルリン国立歌劇場指揮者、ベルリン国立管弦楽団指揮者に就任し、ミラノのスカラ座のオペラ指揮を担うことになった。 ナチス党員であったため、第2次大戦後はソ連軍により公開演奏を禁じられ、数年間演奏できなかった。1948年ウィーン交響楽団首席指揮者就任。1955年フルトヴェングラーの死去を受け、ベルリン・フィルの指揮者に就任。以後独裁的に同楽団を指導し、多くの名演を残した。1989年脳卒中により死去。