オーストリアの画家。1862年ウィーン郊外バウムガルテンに貧しい彫金師の子として生まれる。奨学金でウィーンの工芸学校に学び、卒業後すぐに活動を始めた。エルンスト、フランツ・マッチェと共に「芸術家協会」を結成、主に劇場装飾の仕事を請け負った。
1894年ウィーン大学大講堂の天井画の制作にあたり、人間の理性の優越性を否定する作品の趣旨が大論争を巻き起こした。1897年古典的な美術から離脱を目指し、分離派を結成。初代会長となった。
1903年からの2度にわたるイタリア旅行でヴィザンツ時代のモザイクに影響を受け、その後、作品に金箔モザイクの様式を用いるようになった。
代表作「パラス・アテナ」「接吻」など。
グスタフ・クリムト |
[グスタフ・クリムト 人物情報]
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